- 2021.05.31
- Science
Science Cafe 最新の講演録できました! 「獲得免疫の始まり ~ To B(T) or not to B(T)? That is the question ~」
2021年3月22日に開催された第11回Science Caféの講演録をご案内します。京都大学ウイルス・再生医科学研究所 宮崎正輝先生 宮崎和子先生は、Science Immunology誌 2020年9月4日号に論文が掲載され、その研究に基づき、研究のきっかけや苦労、面白さ、研究者ご夫婦ならではの利点と欠点についてお話しいただきました。
第11回 Science Cafe講演録: 京都大学ウイルス・再生医科学研究所 宮崎正輝先生 宮崎和子先生
2021年3月23日(火)14:00-14:45
講演タイトル:「獲得免疫の始まり ~ To B(T) or not to B(T)? That is the question ~」
獲得免疫の特徴とRag遺伝子
免疫システムは自然免疫と獲得免疫が協力して病原体から体を守るシステムである。自然免疫は、病原体などの表面のパターンなどを認識して炎症を起こす。特異性は低く、主にマクロファージや、好中球などの顆粒球がこれを担当する。一方、獲得免疫は特異的な受容体で抗原を認識する。特異性、多様性、免疫の記憶が特徴であり、ワクチンやアレルギーなどはその代表例である。獲得免疫は、B細胞から分泌される抗体とT細胞受容体が中心的役割を果たす。抗体は病原体表面の抗原に特異的に結合し、病原体を中和する。ウイルスなどが細胞に感染した場合には、抗体は細胞の中に入れないため、感染した細胞をT細胞が特異的に認識し、感染した細胞ごと病原体を殺す。
獲得免疫は、抗体とT細胞受容体により、多様な抗原を見分けることができる。これは遺伝子再構成という仕組みがあるためで、遺伝子の断片が部品として多種類用意されていて、断片と断片の間で切ったり貼ったりのつなぎかえが行われ、いろいろな遺伝子が作られる。それらの組み合わせによっておよそ10の11乗もの種類の異なる抗体を作ることが可能になる。遺伝子再構成においては、遺伝子を切る「ハサミ」として働く酵素である2つのRag分子(Rag1、Rag2)が、最も重要な役割を果たすと考えられている。Rag遺伝子はT細胞とB細胞のみで発現し、他の細胞ではほとんど発現しない。
自然免疫と獲得免疫の最も大きな違いはRag分子による遺伝子再構成であり、このことはRag遺伝子の発現のメカニズムが獲得免疫の始まりである可能性を示唆する。そこで、今回、Rag遺伝子の発現のメカニズムを解明するため研究を行った。
遺伝子発現と核内構造
遺伝子が発現するときには、通常、エンハンサーと呼ばれる特別なDNA配列に転写因子が結合して、クロマチンループという複雑な3次元構造を形成し、エンハンサーと遺伝子が相互作用することにより、mRNAの転写が始まる。エンハンサーは細胞種特異的である。例えば、ソニックヘッジホック(Shh)という遺伝子は脳と四肢に発現しており、脳では脳だけのエンハンサーを使って遺伝子発現し、四肢では四肢だけのエンハンサーを使って遺伝子発現する。四肢特異的なエンハンサーはShh遺伝子からずいぶん離れた場所にあるが、このエンハンサーの欠損や変異がマウスでもヒトでも四肢の奇形を起こすということもわかっている。
Rag遺伝子のエンハンサー
2017年に私たちは、血液幹細胞から分化したリンパ前駆細胞が、転写因子E2Aの活性が高いときには獲得免疫型リンパ球(T細胞、B細胞)に分化し、E2Aの活性が低いときには自然免疫型リンパ球に分化することを示し、転写因子E2Aが獲得免疫型リンパ球と自然免疫型リンパ球の分化の分岐点を制御することを明らかにした。
そこで、まず、E2Aが結合する場所を手掛かりに、Rag遺伝子のエンハンサーを探した。Chip-seq解析とATAC-seq解析を行い、E2Aが特異的に結合し、かつオープンクロマチンである領域を検索したところ、1つのT細胞特異的エンハンサー(R-TEn)と2つのB細胞特異的エンハンサー(R1B、R2B)が見つかった。
▼エンハンサーの欠損マウス
次に、これらエンハンサーの機能を調べるため、CRISPR-Cas(ゲノム編集技術)を用いて、エンハンサーの欠損マウスを作製した。その結果、T細胞特異的エンハンサーの欠損はT細胞のみに影響を及ぼした。T細胞受容体の遺伝子再構成が障害され、また、Rag1、Rag2の発現はT細胞で障害されたが、B細胞では正常であった。一方、B細胞特異的エンハンサーの欠損は、B細胞だけに影響を及ぼした。1カ所のみ欠損させた場合の障害は軽度であったが、2カ所とも欠損させた場合には成熟B細胞への分化がほとんどみられず、抗体の遺伝子再構成は障害されており、T細胞は正常であった。
ここまでの検討で、T細胞、B細胞は、いずれもRag1、Rag2遺伝子を発現するが、それぞれ細胞特異的なエンハンサーによって発現が制御されていることが明らかになった。
▼E2A結合配列の変異マウス
では、どの転写因子がこのエンハンサー領域をコントロールしているのか。この領域を司る転写因子が獲得免疫の始まりを決めていることが考えられるが、転写因子の遺伝子欠損マウスはRag以外のさまざまな遺伝子が影響を受けてしまう。そこで、エンハンサー領域を司る転写因子を同定するため、いろいろな転写因子の欠損マウスの論文のデータを再解析したところ、その転写因子はE2Aである可能性が高いという結論に至った。
これを踏まえて、T細胞特異的エンハンサー領域におけるE2Aの結合配列のみをブロックすることを考えた。このエンハンサーにはE2Aの結合配列(E-box)が7つあるが、これらの配列に変異を入れた(E-box変異マウス)。その結果、E2Aの結合を阻害しただけで、エンハンサーを欠損させた場合と同じように、遺伝子再構成が障害され、成熟T細胞に分化できなくなり、Rag1、Rag2の発現も著しく低下した。
さらに、クロマチン相互作用を解析するために行ったHi-C実験では、正常マウスのT細胞でクロマチンループの3次元構造の形成が認められたのに対し、E-box変異マウスのT細胞ではこの構造がまったく消失していた。最近の研究から、こうした3次元構造を作るのに重要な分子として、ゲノム構造をつなぎとめる「糊」としてのCTCF、及び「洗濯バサミ」としてのコヒーシンが注目されているが、E2Aがエンハンサーに結合しないとコヒーシンが機能せず、3次元構造が形成されないこともわかった。
以上の結果から、E2AがRag遺伝子のエンハンサーに結合し、コヒーシンや他の転写因子、メディエータが呼び寄せられる。これにより複雑なクロマチン構造が形成され、Rag1、Rag2遺伝子が発現する。そして、抗体やT細胞受容体の遺伝子再構成が起こる ― 。これが獲得の免疫の始まりであると考えている【図1】。
エンハンサーと獲得免疫の進化
Rag遺伝子のエンハンサーを進化の視点からみるとどうだろうか【図2】。Rag1、Rag2遺伝子は有顎脊椎動物で保存されており、八目ウナギのような無顎脊椎動物にはないことが知られている。T細胞特異的エンハンサー(R-TEn)は哺乳類、鳥類、爬虫類で保存され、B細胞特異的エンハンサー(R2B)も同じように保存されていたが、いずれも両生類、魚類には存在していなかった。すなわち、有顎脊椎動物と無顎脊椎動物が分かれるところでRag1、Rag2遺伝子が獲得され、3億1200万年ほど前にT細胞特異的、B細胞特異的なエンハンサーが獲得され、有羊膜類でそれが保存されていることがわかった。
このことは何を意味するのか。魚類や両生類といった水生生物から陸生生物へと生活環境を変える過程で、エンハンサーを新たに獲得し、Rag1、Rag2遺伝子の高い発現を手に入れた。これによって、より多様な抗体もしくはT細胞受容体を作ることができるようになり、新たな感染に対する防御能を獲得したのではないか ― と私たちは推察している。
ところで、なぜ他の細胞はRag分子を発現しないのか。代表的な自然免疫型細胞であるマクロファージでRag遺伝子座のゲノム構造をみると、獲得免疫型細胞であるT細胞やB細胞で認められたクロマチンループの3次元構造が認められず、代わりに隣の遺伝子との間に大きな溝が形成されていた。この結果は、T細胞、B細胞ではRag遺伝子も隣の遺伝子も活性化型の核内コンパートメントに存在するが、マクロファージではRag遺伝子が抑制型のコンパートメントに押し込められ、間に絶縁体が形成され、Rag遺伝子が発現しないように制御されていることを意味する。他の細胞がRag遺伝子を発現しないのは、この制御機構のためだろうと考えている。
このように、転写因子がエンハンサーに結合し、複雑なゲノム構造を作ることにより、特異的な遺伝子を発現し、細胞の特徴が形作られている。免疫細胞、神経、心臓などの細胞は、同じDNAを持っているが、それぞれ特徴的な機能を発揮する。その集合体が生物という個体である。「みんな違ってみんないい」(金子みすず)という言葉もあるように、このことは人間社会にも当てはまるだろう。個体にウイルスが感染したときも、社会全体にパンデミックが起こったときも、どんなときでも自分の果たすべき役割をきちんと果たすことが、全体の恒常性を維持するのに重要ではないかと考えている。
以上のことから、今回の研究は、次のようにまとめることができる【図3】。
- 転写因子E2AがRag1、Rag2遺伝子のエンハンサーを制御しており、これが獲得免疫リンパ球への運命を決定する。
- エンハンサーは獲得免疫とともに進化し、感染防御能を次々と多様に獲得している。
研究者夫婦の利点と欠点
私たち夫婦は、それぞれ免疫学、分子生物学という異なる専門性をもち、違う視点からの意見交換をすることができる。また、生命現象の解明、好奇心というものを大事にしている。それにより、1+1は2でなく、3にも4にもできることが研究者夫婦の利点であろう。利害関係なく、共同体として研究を進められること、心が折れそうでも二人なら折れないこと、研究者として興味を共有できること、家庭と仕事をお互いに補えることも利点として重要である。一方、欠点としては、家でも研究の話で議論してしまい、家族が迷惑を被るといったことが挙げられる。
図1
図2
図3